2006年10月09日

アントニオ・ホドリゴ・“ミノタウロ”・ノゲイラ

“ミノタウロ(ギリシャ神話の牛頭人身の怪獣)”の異名を持つブラジリアン柔術の強豪であり、立ち技・寝技ともにバランスの取れたコンプリートファイター。
日本ではリングスマットに初登場、2000年2月の『リングスKOK1999』ではベスト4。そして2001年2月に行われた『リングスKOK2000』決勝戦では見事優勝を果たしている。PRIDEデビュー戦となった『PRIDE.15』ではゲーリー・グッドリッジのパワーをテクニックで封じ、最後は下からの三角絞めで一本を奪った。『PRIDE.16』でもマーク・コールマンからも完璧な腕十字で一本勝ち。そして『PRIDE.17』ではヒース・ヒーリングとの激闘を制し、見事初代PRIDEヘビー級王座に輝いた。その後『PRIDE.19』でエンセン井上に完勝、8月の『LEGEND』で菊田早苗をパンチでKO。そして『Dynamite!』では、ボブ・サップに苦戦しながらも、腕ひしぎ十字固めで逆転勝利を収めるなど、その強さは不動のものかと思われたが、2003年『PRIDE.25』での、エメリヤーエンコ・ヒョードルとの一戦では、「氷の拳」の前に判定負けを喫し、王座転落。再び最強の座を手に入れるため、挑んだミルコ・クロコップには見事一本勝ちし、満を持して臨んだPRIDE GP 2004では、順調に決勝戦まで勝ちあがるもヒョードルの負傷によりノーコンテスト。日本中の注目を集め『PRIDE 男祭り 2004 -SADAME-』でヒョードルと3度目の再戦をするも、惜しくも判定で敗れた。『PRIDE GP 2005 2ndROUND』では、柔道金メダリスト・ナツラとの「柔道王VS柔術王」対決を制している。06年は『PRIDE.31 -Dreamers-』でリングス時代にも対戦経験のある田村を完封。続く『PRIDE無差別級グランプリ2006 開幕戦』ではズールに圧勝。2ndROUNDでもファブリシオ・ヴェウドゥムを判定で退けたが、準決勝では以前から対戦をアピールしていたジョシュを相手に、めまぐるしい寝技の攻防を繰り広げたがスプリットの判定で敗れた。
〜PRIDE OFFICIAL WEBSITEより〜


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ブラジルでは“ミノタウロ”と呼ばれるアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ。
ミノタウロの所属するブラジリアン・トップチームは、カーウソン・グレイシー柔術から独立した選手たちによって構成される、ブラジル総合格闘技界を代表するチームです。

ブラジリアン・トップチームでは、格闘技をやりたいけど経済的に難しい孤児をサポートすべく、定期的にボランティア活動に励んでいるそうです。
トップチームの道場に隣接しているファベーラ(スラム街)の子供たち200名くらいに柔術を教えており、格闘技をやるために必要な道具はすべて無償で提供されています。
ミノタウロ自身も才能あるダイヤの原石を発掘し、次代の総合格闘技ファイターとして育成しているそうです。

最初に考えた移住地は、ブラジリアン・トップチームの道場があるリオデジャネイロだったのですが、2度も強盗に遭うなど治安面に不安があったため断念しました。
しかしリオにはたくさんの友人が住んでおり、よく遊びに行くため、一度は道場を見学させてもらいたいですね。
posted by ごんた at 03:28| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラジル格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月08日

小さな柔術マジシャン マーカス・アウレリオ

95年に柔術でホイラー・グレイシーを破るという大金星を飾り、一気にその名を挙げた。一時期メジャー・シーンからは遠のいていたが、その後アメリカン・トップチームに参加し、02年に総合デビュー。04年のZST GPでは、タクミ、今成正和、レミギウス・モリカビチェス、リッチ・クレメンティを破り、見事優勝を遂げるなど、ブランクをものともしない活躍を見せている。武士道初出場となった04年7月の『PRIDE 武士道 -其の四-』では三島☆ド根性ノ助にスプリットの判定で敗れるも一歩も引けを取らず、またその後も中村大介、中尾受太郎を破り、その卓越した柔術テクニックを見せつけた。そして『PRIDE 武士道 -其の拾-』では、世界中のファイターから標的となっていたライト級チャンピオン・五味から肩固めで一本を奪い、一気にライト級戦線のトップにおどりでた。しかし『PRIDE 武士道 -其の十一-』では新鋭・石田によもやの判定負けを喫した。
〜PRIDE OFFICIAL WEBSITEより〜


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4月にPRIDEライト級王者五味隆典に勝利したマーカス・アウレリオが、五味隆典の初防衛戦の相手に決まりました。
シウバやノゲイラに比べるとちょっと地味な選手ですが、ぜひ五味に勝利してPRIDEライト級王者になってもらいたいですね。

五味はPRIDE初黒星を喫した因縁の相手との雪辱戦に向け、「長く世界のトップでいるためには大事な試合になる。挑戦者の気持ちで戦いたい」とコメントしています。
posted by ごんた at 15:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラジル格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月06日

戦慄の膝小僧 ヴァンダレイ・シウバ

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“戦慄のヒザ小僧”と呼ばれる破壊力抜群の膝蹴りで、挑戦する日本人選手を軒並み撃破。大山峻護、アレクサンダー大塚、田村潔司、金原弘光らが、彼の前に沈んだ。2度の敗北の後、必勝を期して『PRIDE GP2003開幕戦』で挑んできた桜庭和志をも圧倒、文句無しのKO勝利を収めている。さらに『PRIDE.20』ではヘビー級のミルコ・クロコップと対戦し、引き分けに終わったが、寝技、立ち技ともに互角以上の闘いを見せつけた。そして04年は、日本人最後の砦と言われた、パンクラス近藤有己、最後のチャレンジャー、クイントン・ジャクソンをもKOで退けている。『PRIDE 男祭り 2004 -SADAME-』では、急遽対戦相手が変更となっただけでなく、30キロ近い体重差のマーク・ハントとファンの期待通り打撃で激戦を繰り広げ、PRIDE初黒星を喫するも会場を大いに沸せた。追う立場から追われる立場となった現在でも、身上であるアグレッシブなファイトが変わる気配は全くない。『PRIDE GP 2005 開幕戦』ではリベンジに燃える吉田秀彦を、『PRIDE GP 2005 2ndROUND』ではその弟子の中村和裕を退けた。しかし準決勝で因縁の相手・アローナに判定負けを喫し、史上初のGP連覇の夢は絶たれた。
そして2005年大晦日の『PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI-』で早くもアローナへのリベンジマッチが実現。身上であるアグレッシブさを取り戻し、見事ミドル級王座の防衛に成功した。また、無差別級GPではヒョードルの欠場を受けて急遽代打出場を決意。体格に勝る藤田和之と壮絶な打撃戦を繰り広げ、見事勝利した。準決勝では約4年半ぶりにミルコと対戦。完全決着をつけるべくアグレッシブに攻めたが、最後はミルコの左ハイキックでPRIDEリングでは初となるKO負けを喫した。
〜PRIDE OFFICIAL WEBSITEより〜


移住予定地の第一候補のクリチバには、ヴァンダレイ・シウバが所属するシュートボクセアカデミーがあります。
クリチバに住んだ際には、ぜひ見学に行ってみたいと思います。
いつになるかわかりませんが、その際にはこのブログで紹介させていただきますので、格闘技ファンの方はご期待ください。
posted by ごんた at 18:15| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラジル格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Acelino “Popó” Freitas (アセリノ “ポポ” フレイタス)が引退

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“ポポ”の愛称で圧倒的な人気を博したWBO世界ライト級チャンピオン“アセリノ・フレイタス”が3日、引退を表明しました。

エデル・ジョフレ、ミゲル・ジ・オリベイラに次ぐ24年ぶり3人目のブラジル人世界王者で、スーパーフェザー級ではWBOとWBAの統一王者にもなりました。

アマチュアでパンアメリカンゲーム銀メダル獲得の実績を引っ提げ、95年7月にプロデビューすると破竹の勢いで勝ち続け、デビューから29連続KO勝利を記録、その間に97年4月にIBFラテンアメリカ・ライト級王座、98年5月にIBFラテンアメリカ・ライト級王座、98年10月にNABO北米スーパーフェザー級王座、99年8月にWBOスーパーフェザー級王座を獲得し、WBOスーパーフェザー級王座を6度防衛しています。
01年9月に行われたノンタイトル戦で元WBOバンタム級王者アルフレド・コティに判定勝ちしましたが、連続KO勝利記録は29でストップしてしまいました。

02年1月には、WBA世界スーパーフェザー級王者ホエル・カサマヨルとの王座統一戦に判定で勝利し、WBA世界スーパーフェザー級王者に認定されるとともにWBO王座の7度目の防衛に成功、その後も勝ち続け、WBO王座を10度、WBA王座を3度防衛します。
04年1月にはアルツール・グレゴリアンの持つWBOライト級王座に挑み、4度のダウンを奪い大差の判定3-0で勝利し二階級制覇に果たし、WBA・WBOスーパーフェザー級王座返上しました。

04年8月に前WBOスーパーフェザー級王者ディエゴ・コラレスとタイトルマッチを行い、この試合で初めて敗北を味わうとともに王座を失ってしまいます。
しかし今年の4月、WBOライト級1位のポポは、ディエゴ・コラレスが返上したWBOライト級王座を同級3位ザヒール・ラヒームと争い、これに判定勝ちしてWBOライト級王座返り咲きに成功しました。

通算成績は39戦38勝(32KO)1敗、ブラジルボクシング界の至宝と言っても過言ではないでしょう。

ポポのオフィシャルサイト
http://www.popo.com.br/default.asp
posted by ごんた at 04:20| Comment(0) | TrackBack(0) | ブラジル格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月05日

ブラジルの格闘技

総合格闘技“PRIDE”などでブラジル人格闘家が活躍していますが、このブログでもブラジルの格闘技について紹介していきたいと思います。

ブラジルの格闘技と言えば、カポエイラ、ブラジリアン柔術などを連想されるかと思いますが、他にも空手やシュートボクセ(キックボクシング)も、格闘技ファンには馴染みが深いですね。

ブラジリアン柔術と言えば、グレイシー一族。
グレイシー・ハンター桜庭和志との名勝負の数々は、PRIDEの歴史とも言えるでしょう。

ブラジルの空手と言えば、フランシスコ・フィーリョ。
99年の極真空手世界大会で、外国人として始めて優勝し、K-1グランプリにも参戦。
K-1での一撃伝説は、極真空手の強さを証明しました。

ジュートボクセと言えば、ヴァンダレイ・シウバ。
1999年のPRIDE初参戦から、2004年のPRIDE男祭りでヘビー級のマーク・ハントに惜しくも判定負けするまで無敗を誇った、初代PRIDEミドル級チャンピオン。
先月のPRIDE GRANDPRIX 2006 FINALROUND 準決勝で、ミルコ・クロコップに1RKO負けを喫しましたが、これからも日本の格闘技ファンの期待に答えてくれる選手だと思います。

また時間があるときに少しずつブラジル格闘技の魅力を紹介していきたいと思います。
posted by ごんた at 15:11| Comment(0) | TrackBack(2) | ブラジル格闘技 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする